早いもので12月もあと半分ですね。
今日ご紹介するエピソードは
朝、散歩道をradikoから流れるDJの
おしゃべりを聴きながらの・・・。

この日の番組内のテーマは「年賀状」
年々、出す人は減っており出すのをやめた人は
増え、出したことがない派も少しいるという
調査結果がDJ氏より披露され、

リスナーから出す?出さない?とそれぞれの
立場からメールやツイートが局に送られてきて、
それらのいくつかが、取り上げられ続けた。

「贈り物だと思って心を込めて出している」

「毎年出しているけど、枚数は減っている。
メールやLINEで新年の挨拶を済ませる相手
が増えて、自分もそのツールで返しているので」

「会社で禁止されている」

↑このリスナーに、DJ氏は即反応した。

たった三文字で。
「なんで?」と一言。
(もしか「えっ、なんで」だったかも)

それはともかく、
なんでって・・・(それで終わるんかい!)。

言葉だけが、僕のBluetoothイヤホンから
耳の中でしばしの間漂ったのち、やがてイラっ
とした心持ちをもたらしてきた。

「なんで?」ってマイク越しに投げるんかいぃ
ぃ!って。

それは以下のような理由があるからだ。
後付けみたいなものだけれど。

ラジオは、基本「片道通行」のメディアである。
リスナーと生電話で話すコーナーや、公開収録
で観衆が目の前にいる、でもない限り。

ゆえに、疑問文のまま、空間に投げられたら、
リスナー(受け取る側)は聴覚で捉えられても、
返しようがないやん!

というのが、理由である。

「そしたら自分はどう思ってんねん?」
心の中で叫んだ次第。

ここ3ヶ月ほどの間、折に触れて紹介している
how(で、どうなの)?」が日本の教育界を
始め、さまざまなシーンで欠如しているって話。

事実は「事実(what)」としてある(会社で
年賀状が禁止)

そして、その事実に対して「なぜ(why)?」
が投じられた。

そこで終わっていることが、この後味の悪さに
つながっている。

まっ、でも、DJ氏は阿吽の呼吸、以心伝心で
「how」を求めたくて、あえてwhyで止めた
のかもしれないし。

只、やはり片道通行メディアなゆえ、自分なり
の仮説や意見を添えて、ボールを投げてほしい
なぁ、と思うのであった。

ところが、、、

人って現金なもので、僕のそのトゲトゲした
心持ちはまるで素っ気ないただのプレーンな
スポンジケーキが、甘い生クリームに包まれ
デコレーションを施されたかのように返って
きたのだ。

なぜなら、
DJ氏の発言直後に投稿した僕のツイッターを、
拾ってもらえたから!

「虚礼廃止でしょうね」という旨のtweetに。

こういう人がいる限り、防衛費がGDP比2%に
なろうとも、地下シェルターを整備し外的脅威
に備えをどんどん進めても、日本は平和かな?